通常、ルークトゥンのコンサートと言えば、お祭りなどで行われる余興の一部として、大部分は無料で観ることができるのがほとんどです。
場合によっては椅子代と称して数十バーツかかったり、市場の空きスペースに囲いを作りそこにステージを設営した場合などは入場料が必要になってくることもありますが。それでもせいぜい100バーツ前後です。
日本人がコンサートと聞いて想像する、ホールやライブスペースを借りて、チケットを買って観るというスタイルは、ルークトゥンの場合は極少数です。現在、そのスタイルで定期的に大規模のホールコンサートを開催できるのは、ルークトゥン歌手ではゴット・チャクラパンただひとりと言えます。
そのような現状の中、女性ルークトゥン歌手として長年トップとして活躍しているターイ・オラタイ(ต่าย อรทัย)のワンマン・コンサートが2014年11月22日にバンコク都内で行われました。これは、たぶん本人にとってもルークトゥン・シーンにとっても大きな冒険だったに違いありません。
しかし、キャリア12年を迎え、数多くのファンを抱えるターイとしては、これまで応援してくれた感謝の意味も込めて、採算は度外視してもその意思表示をしたかったのではないか、とも考えられます。
この日は2014年9月にゴットチャクラパンのバースデーパーティーが行われた大きな中華系料理店を借りきり、事前に予約して入場料金300バーツを支払うというシステム。300バーツでも充分安い価格設定ですが、それでも普段は無料で観られるルークトゥン・コンサートから考えると、タイ人のファンにとってはそれなりの高い金額に感じるかもしれません。
◆会場を待ちわびるファンたち
当日の会場入り口では手の込んだディスプレイが飾られ、この日に賭けるターイやスタッフの意気込みをヒシヒシと感じました。入場までの時間ファンの人たちはそのディスプレイと共に写真を撮ったりして、思い思いの時間を過ごしていました。
さらにこの日は入場の手続きが済んだお客にチケットが配られたのですが、そこにはなんとターイ本人の直筆のサインが!その辺からもターイの意気込みが伝わってくるようでした。
◆直筆サイン入りのチケットと会場入り口に設置されたディスプレイ
ステージは18時スタートの予定でしたが、その前にターイのプロデューサーでもあるサラー・クナウット先生を交えての、マスコミ向け囲み取材が行われました。
◆囲み取材でのターイ・オラタイとサラー先生
さらにお客にはブッフェスタイルの食事まで用意され、至れり尽くせり。しかし、たった300バーツの入場料でここまでして採算が取れるのでしょうか?人事ながら心配になってしまいました。
予定時間より30分遅れて、いよいよステージがスタート(タイでは良くあることです)。
今回はゲストとしてターイの後輩であるアンクワン・ワランヤー(เอิ้นขวัญ วรัญญา)とカーオティップ・ティダーディン(ข้าวทิพย์ ธิดาดิน)、また当初予定はなかったラムヨーン・ノーンヒンハウ(ลำยอง หนองหินห่าว)とソムブーン・パークファイ(สมบูรณ์ ปากไฟ)も姿を見せ、まずは彼らの歌からステージが始まりました。
◆アンクワン・ワランヤー(左)とカーオティップ・ティダーディン(右)
◆ラムヨーン・ノーンヒンハウ(左)とソムブーン(右)
タイ人のルークトゥンファンはほとんど自分がひいきにしている歌手以外にはほとんど感心を示さない事が多いのですが、この日はテンションが高かったのか、あるいはアンクワンもカーオティップもターイと同じサラー先生門下生で愛着を感じているのか、冒頭からとてもノリが良く、特にアンクワンは今、登り調子ということもあって、客席を上手く暖めてくれていました。
約1時間くらいのゲスト歌手のステージが終了した後は、いよいよ本日の主役ターイ・オラタイの登場です!
バックダンサーによる壮大なイントロから導かれ登場し、大歓声でファンに迎えられたターイ。冒頭からアップテンポの曲をメドレーで3曲ほど歌い、場内のボルテージも一気に上がります。
思えば、このステージの準備はかなり前から進められていたようで、そのことは逐一SNSなどで報告されていました。ファンも当然そのことを知っていたのでしょうから、長らく待ちわびたひいきにしている歌手の晴れ舞台とあっては、テンションが上がってしまうのも無理はありません。
この日を待ちわびていたのはファンだけでなく、きっとターイ本人もそうだったに違いありません。
一旦、歌が終了しファンに向かってしゃべり始めた彼女の目にはうっすらと涙が。
ターイはあまり感情を表に出さないイメージがあるので、これにはちょっとビックリしましたね。しかし、それだけこのステージに賭けていたという事が伝わってきて、嬉しい気持ちにもなりました。
また、途中、舞台を降りて客席で歌うというファンサービスまでしてくれました。こういうのはターイだけを目当てに集まった会場だからこそしてくれた事ではないでしょうか。
それと、このステージは歌はもちろん、ターイの身につけている華麗な衣装も見ものでした。
冒頭の青い優美な衣装から始まり、お姫様のような服やイサーンの伝統を感じさせる衣装まで、都合5回の衣装変えをしてくれて、ファンの目を楽しませてくれました。
このステージを振り返って思ったのは、その選曲の意味合いです。
ターイクラスの歌手となれば、ヒット曲を歌い継いでいけば、それだけでも十分間が持つものですが、「ギン・カーオ・ルーヤン(กินข้าวหรือยัง)」や「トー・ハー・ネー・ドゥー(โทรหาแหน่เด๊อ)」、デビュー曲の「ドークヤー・ナイ・パー・プン(ดอกหญ้าในป่าปูน)」など、主だった代表曲は歌ったものの、その他はヒット曲と言うより、ファンだからこそ分かるアルバムの中の曲を中心に選曲されていました。
また、全体的にアップテンポの曲が多く選ばれていたり、ユーモラスな曲も歌ったりというのもこの日の選曲の特徴でした。
ターイ・オラタイというと世間では、スローの曲を哀愁を帯びた声で切々と歌う人というイメージを持っている人が多いと思いますが、今回アップテンポの曲やユーモラスな曲が選曲されていたのは、決してそれを捨てるという訳ではなく、幅を広げるという意味でターイの将来への展望を示すという意味合いもあったのではないかと思います。
もちろん、その場にいるお客を楽しませるという意味もあるのでしょうが。
最後はファンへの感謝の意味も込めて「ユー・ナイ・ヂャイ・サムー(อยู่ในใจเสมอ)=いつでも心の中にいる」を歌い、約2時間半(オープニング・アクトを含めると3時間半)のステージは幕を閉じました。
普段、無料のコンサートで観られるのはせいぜい1時間前後のステージですから、これだけ長丁場で中身の濃い単独コンサートというのは、今後もそうそう見られる可能性はないかもしれません。
終了後も名残惜しいように会場を去ろうとしなかったファンたち。そして、それに応えて長々とファン対応をしてくれたターイ・オラタイ。
11月22日という日は、ファンにとってもターイ本人にとっても一生忘れられない時間になったはずです。
タイ音楽好きが高じて、現在現地調査中。ブログでも情報を発信しております。「タイ式エンタテイメントの楽しみ方」 http://blog.livedoor.jp/kapiraja1968/基本的にはジャンルにこだわっていませんが、どちらかといえばルークトゥン・モーラムに関する話題が多いです。
ゆくゆくは日本でのタイ音楽知名度がもっと上がれば良いと思っています。そして、タイと日本のミュージシャンとの交流がもっと盛んになってくれることを期待しています。