タイの街角から暖かい空気と共に聴こえてくる郷愁を誘うメロディー。乗ったタクシーの運転手が流していたあの歌。タイを一度は訪れた事がある人は、日本人の私たちにもどこか懐かしさを覚える音楽を耳にした事があるのではないでしょうか。
それはルークトゥンと呼ばれ、タイでは小さな子供からお年寄りまで多くの人々に親しまれ愛されている音楽です。遠く離れた日本でも着々とファンを増やしつつあるこの音楽ですが、まだ馴染みのない人には若干分かり難い部分があるのではないでしょうか。今回は簡単ではありますが、このルークトゥンと私たち日本人との距離を縮められるようになるために、いくつかのキーワードと共にこの音楽を紐解いて見たいと思います。
[目次]
(1) ルークトゥンとは何か?
(2) ルークトゥンの歴史
(3) ルークトゥンのスタイル
(4) ルークトゥンとモーラムの違い
(5) ルークトゥンと地域性
(6) ルークトゥンの魅力
(7) 現在のルークトゥン主要歌手
(1)ルークトゥンとは何か?
そもそもこのジャンル名であるルークトゥンとは何を意味しているのか?
「ルークトゥン(ลุกทุ่ง)」とは正確には「プレーン・ルークトゥン(เพลงลุกทุ่ง)」といい、意味はずばり「田舎者の歌」です。
これはかつてラジオDJが差別的にこの音楽を呼んだ事が始まりと言われています。当然、そう呼ばれたこの音楽の関係者はかなり気分を害したようですが、今ではその呼び方が定着しています。
ルークトゥンとはタイの大衆音楽の一ジャンルで、タイの各地で受け継がれてきた様々な音楽をベースに、その時代その時代の流行のスタイルを貪欲に取り入れながら変化を繰り返してきた歌謡性の高い音楽です。
その音楽性はかつて日本でも親しまれていた歌謡曲にも通じる部分があり、そういったことが我々日本人がこの音楽に魅力を感じるひとつの要因ではないか思います。
(2)ルークトゥンの歴史
ルークトゥンの歴史は意外と浅く、一番最初のルークトゥン歌手と呼ばれるカムロン・サムプンナーノン(คำรณ สัมปุณณานนท์)が歌ったはじめてルークトゥンと呼べる歌「おお、田園の娘よ(ジャオサーオチャーウライ เจ้าสาวชาวไร่)」を歌ったのが1938年と言われています。つまりまだ80年にも満たない歴史しかない音楽なのです。
しかし、その音楽性の変化のスピードはすさまじく、80年弱の間に様々なスタイルとスター歌手を生み出してきました。
ルークトゥンの歴史において、特に重要な歌手は「ルークトゥンの王」と呼ばれたスラポン・ソムバッチャルーン(สุรพล สมบัติเจริญ)と、今も「ルークトゥンの女王」として人々から愛されているプムプアン・ドゥアンヂャン(พุ่มพวง ดวงจันทร์)でしょう。
スラポン・ソムバッチャルーン(สุรพล สมบัติเจริญ)
スラポンは当時、絶大な人気を誇っただけでなく、ルークトゥンの音楽性の向上に大きく貢献した人と言われています。なおかつエンターテイメントとしてのルークトゥンのスタイルを築き上げたその功績は計り知れません。
ただ、残念ながら38歳の人気絶頂の時に、射殺という悲劇的な形でこの世を去ってしまいました。
◆スラポン・ソムバッチャルーン(สุรพล สมบัติเจริญ)/スラポン・マー・レーウ(สุรพลมาแล้ว)
プムプアンはとにかくその天才的な歌唱力で多くの人々を魅了しました。それだけでなく、スパンブリーの一農村の少女だった彼女が、最終的には国王の前で歌うまでになるというタイランド・ドリームを実現した存在として、タイの人々に多くの夢を与えたに違いありません。
プムプアン・ドゥアンヂャン(พุ่มพวง ดวงจันทร์)
しかし、過労が祟って30歳の若さで人生の幕を閉じてしまいました。ただ、今もプムプアンの魂は沢山の後継歌手たちに受け継がれ、死後20年以上たった今でもその存在感が薄れる事はありません。毎年命日の6月13日前後には追悼コンサートが盛大に開かれています。
◆プムプアン・ドゥアンヂャン(พุ่มพวง ดวงจันทร์)/コー・ハイ・ルアイ(ขอให้รวย)
(3)ルークトゥンのスタイル
ルークトゥンのスタイルは本当に様々で、一言で簡単にこういうものと言えない所があります。
この音楽が誕生した当初、大きな影響を与えたのは西洋のブラスバンドだったといいます。その後、ラテン音楽なども取り入れられ、日本の歌謡曲もカヴァーされたりして(特に有名なのは谷村新司「昴」、喜納昌吉「花」など)、変化していきました。
その後、1980年代後半にはプムプアンのロック的要素を取り入れた歌が大ヒット。これが現在の形態へとつながる大きな布石になったようです。
そして、今ではロックだけでなく、Hip Hopやダンスミュージックなど様々なジャンルを取り込んだり、ジャンルの違う歌手と競演したりして、現在も進化と変化を続けています。
◆クック・ルークトゥンHi-Fi(กุ๊ก ลูกทุ่งไฮไฟ)/ハー・フェーン・カップ(หาแฟนขับ)
・・・オーソドックスなスタイルのルークトゥンの現代に甦らせたルークトゥンHi-Fi
◆クラテーR-Siam(กระแต อาร์ สยาม)/トゥート(ตื๊ด)
・・・ルークトゥン進化系?ここまでくるとルークトゥンと呼ぶのもためらわれる。
それとルークトゥンでは詞も重要な要素のひとつで、基本的にはラブソングや失恋ソング(特に男が浮気したり女が浮気したりといった感じ)が多いのですが、かつては社会風刺的要素も強い歌もあり、それらはその後プア・チーウィット(人生や社会の事について歌った歌)の誕生へとつながりました。
プアチーウィットの歌手で主たる人たちは、かつては訪日した事があるカラワン(คาราวาน)や、今でもタイ国民に絶大な人気を誇るカラバオ(คาราบาว)、そして女性にも人気が高いポンシット・カムピー(พงษ์สิทธิ์ คำภีร์)などがいます。
◆カラバオ(คาราบาว)/ヂャオ・ターク(เจ้าตาก)
・・・プアチーウィットの代表的アーティスト「カラバオ」は数度の訪日経験があります。
(4)ルークトゥンとモーラムの違い
タイの音楽を聴きはじめてまだ日の浅い人から良く聞かれることは、「ルークトゥンとモーラム(หมอลำ)はどう違うんでしょう」という質問です。
この2つの音楽はあえて言ってしまうと、別の国の音楽と言っても過言ではないほど違うものです。
ルークトゥンはこれまで述べているようにタイで誕生した大衆音楽なのに対し、モーラムはラオスを中心としたラーオ族の地域で受け継がれてきた伝統音楽です。
モーラムとは「モー(หมด)=熟練した人」、「ラム(ลำ)=歌、詞」となり、本来は「歌を歌う人(ラムを吟じる人)」という意味ですが、現在では一般的には音楽のジャンルの呼び名として通用するようになっています。
モーラムは基本的に語りもので、他の音楽にたとえるとヒップホップや日本の浪曲のような、リズムに乗せて喋るような感じの音楽を想像してもらえれば分かりやすいでしょうか。
レコード産業の誕生と共に商品として流通するようになったモーラムですが、語りものの特徴でメロディー的要素が薄く、全体的に似た感じの曲になるのが難点でした。その点で売り上げを上げる為に苦慮したようです。
そこで考え出されたのが、ルークトゥンのような歌ものとミックスしたスタイルでした(一般的に「ルークトゥン・モーラム」や「歌謡モーラム」と呼ばれます)。メロディー的要素でヴァリエーションを付けることで、商品的価値を見出そうとしたのです。
しかし、その後モーラムという非常に高い技術を必要とするパートが徐々に少なくなっていき、だんだんとルークトゥンとの区別がつきにくくなってしまいました。これが外国人リスナーを混乱させる原因になったのではないかと思われます。
◆สาวมาด เมกะแดนซ์(サーオ・マート・メガデーン)/ดาวมหาลัย(ダーオ・マハーライ)
モーラム的手法を使いながらも分かりやすくアレンジし、上手くヒットさせたサーオ・マート・メガデーンの代表曲。
(5)ルークトゥンと地域性
ルークトゥンはタイ各地の民謡がベースになっているとこれまで述べてきたように、その歌手がどこの出身であるかが重要になってきます。それは直接音楽性に影響を与えるものだからです。
たとえば北部出身の歌手は北部の言葉で歌う事が多く、音楽もイサーンや南部の音楽とは違う雰囲気があります。
そして、基本的にはその出身地の歌を歌うことが多いです。たとえば、南部出身の歌手が北部やイサーンの歌を歌う事は少ないですし、その逆も同じです(ステージでサービス的に歌う事はあります)。
また、歌手が自分の出身地を大切にすることによって、同郷のファンからも強く支持されるということにもつながっているようです。
かつてルークトゥン歌手を多く輩出したのはタイ中部にあるスパンブリー県でした。先にあげたスラポンやプムプアンもこの県の出身です。
しかし、今ではイサーン地方出身の歌手が大多数を占めています。それは、首都バンコクのみならず、全国各地にイサーン出身の人々が多くいてその歌手を応援している、という事も大きな要因のひとつではないかと考えられます。
(6)ルークトゥンの魅力
ルークトゥンの魅力を一言でいうのは非常に難しいのですが、その音楽のヴァリエーションの幅広さや、日本人が聴いてもメロディーに共感できるなどはこれまで述べてきた事ですが、もうひとつ付け加えるならば、無料で観られるコンサートが多い事、そして歌手とファンとの距離が近いという点も重要なポイントです。
これはルークトゥンに限らずタイの芸能界全般に言えることですが、大きなショッピングモールや市場、お寺などでは頻繁にコンサートが開催されています。しかも、そのほとんどが無料です(有料のところもありますが、入場料はだいたい100バーツ前後)。
そしてサインや写真をお願いすると快く応じてくれる歌手が沢山います。
CDなどで音楽だけを聴いているのも良いのですが、実際にタイに来てコンサートなどに脚を運び、その歌手と直接接したりすると、またその歌手に対する気持ちも変わってくるものです。
ただ、ネックなのがそのコンサートがいつどこで開催されるのかの情報を見つけるのが難しい事です。ネットが発達した今でも、最も重要な情報源は道端に置かれている立て看板だったりします。
(7)現在のルークトゥン主要歌手
最後に現在活躍中の主要ルークトゥン歌手を10人ほど簡単にご紹介しておきたいと思います。
ただ、10人に絞るとなるとかなり厳しく、個人的な趣味も強くなっていますので、その辺はご了承いただければと思います。
ゴット・チャクラパン(ก๊อท จักรพันธ์)
現在のルークトゥン界でトップに位置するといえば、ルークトゥンの王子と呼ばれるこの人しかいません。個人でホールコンサートを行う事は稀なルークトゥン歌手の中でも、定期的にホールコンサートを開催できるのはこの人ただ1人。豪華なステージセットと衣装、そしてクオリティーの高いダンサーは他の追随を許しません。
อให้รวย – ก๊อท จักรพันธ์ 【OFFICIAL MV】
シリポーン・アムパイポン(ศิริพร อำไพพงษ์)
今年デビュー30周年を迎えた歌謡モーラムの第一人者、シリポーン。「ボー・ラック・シー・ダム」という歴史的大ヒット曲を持ち、近年ではロックバンドBodyslamとの競演で、幅広い層にその名前を知らしめる事となりました。歌手活動30年を過ぎた今でもその活躍は衰えを知らず、昨年も新しいアルバムをリリースし、その健全ぶりを見せ付けてくれました。
หัวหน้าแก๊งสาวเสื้อดำ – ศิริพร อำไพพงษ์【OFFICIAL MV】
インリー・シーヂュムポン(หญิงลี ศรีจุมพล)
今、最も旬な歌手といえばこの人しかいません。モンスターヒットとなった曲「コー・ヂャイ・ター・レーク・バー・トー(ขอใจเธอแลกเบอร์โทร)」で一躍時の人となったインリー・シーヂュムポン。本来はモーラムの中の一ジャンル「ラムシン」(テンポの速いモーラム。踊る為のモーラム)を歌う歌手ですが、そのキャパシティーは幅広く、観客を楽しませる事を常に考えて行動している事が、タイの人々に愛される要因になったのではないでしょうか。今後も活躍が期待される歌手の1人です。
ขอใจเธอแลกเบอร์โทร – หญิงลี ศรีจุมพล【OFFICIAL MV】
ターイ・オラタイ(ต่าย อรทัย)
今の最も人気のある女性ルークトゥン歌手の1人というだけでなく、21世紀に入ってからのルークトゥン界の流れを大きく変えた人という意味でも、このターイの存在は無視できません。現在のイサーン出身の歌手で占められるルークトゥン界の流れを作ったのは紛れもなくこの人だからです。出稼ぎのためにふるさとを離れたイサーンの人々の気持ちを歌い、沢山の人々に共感を得ました。
เจ้าชายของชีวิต – ต่าย อรทัย 【OFFICIAL MV】
タカテーン・チョンラダー(ตั๊กแตน ชลดา)
全般的に歌唱力の高いルークトゥン歌手に於いても、そのダントツの歌の上手さで他を圧倒するのがこのタカテーン・チョンラダーです。昨年はロック歌手パーン・ナカリンと競演した曲「プームペー・クルンテープ(ภูมิแพ้กรุงเทพ)」が大ヒット。自身のヒット曲「マイ・チャイ・フェーン・タム・テーン・マイ・ダイ()」「ヤーク・ペン・コン・ラック・マイ・ヤーク・ペン・チュー」「フェーン・ゲップ()」などは、時を経た今でも人気の高い曲です。今年に入って自身のバンド「Tan Band」を結成し、これからの活躍が楽しみな歌手の1人です。
เธอไม่ใช่แฟนฉัน ฉันไม่ใช่แฟนเธอ – ตั๊กแตน ชลดา【OFFICIAL MV】
パイ・ポンサトン(ไฝ่ พรศธน)
ゴットがルークトゥンの王子なら、パイはさしずめ「イサーンの王子」といったところでしょうか。男性のルークトゥン歌手の中では絶大な人気を誇るパイ・ポンサトンは、今や国民的歌「コン・バーン・ディアオ・ガン(คนบ้านเดียงกัน)」を歌った人でもあります。現在は演技の分野でも活躍し、映画やドラマにひっぱりだこです。
อ้ายหมดหน้าที่หรือยัง – ไผ่ พงศธร 【OFFICIAL MV】
パオワリー・ポンピモン(เปาวลี พรพิมล)
プムプアン亡き後、長らくその後継者の登場が待たれていましたが、満を持して登場したのが、プムプアンと同郷スパンブリー出身のパオことパオワリー・ポンピモンでした。そして、ルークトゥン歌手としては異例の映画の主役としてのデビュー。しかもその映画はプムプアンの伝記映画で、プムプアンを演じたのがまぎれもなくこのパオワリーでした。その後、そのルックスと愛くるしいキャラクターから瞬く間に人気を獲得し、2013年は大阪のタイフェスティバルに出演するために訪日も果たしました。歌のみならず、映画・ドラマでも活躍し、まもなく待望の2ndアルバムが発売の予定です。
อะไร ยังไง ทำไมเพราะว่าใคร (Ost.วุ่นนัก รักหรือหลอก) – เปาวลี พรพิมล【OFFICIAL MV】
カーオティップ・ティダーディン(ข้าวทิพย์ ธิดาดิน)
若手モーラム歌手の中でも、ひときわ群を抜いてその存在感を放っているのがこのカーオティップ・ティダーディンです。
彼女の特徴はそのハイブリットはプロダクションと妖艶な踊りです。スカやHip Hop、ドラムン・ベースまで取り込んだアレンジとモーラム仕込のヴォーカルの兼ね合いが絶妙で、即海外でも通用する高い音楽性を持ち合わせています。
そして、スタイルが良く、しなやかな動きの踊りは言葉の壁を越えて、多くの人を魅了するに違いありません。
O.K.บ่อ้าย – ข้าวทิพย์ ธิดาดิน [Official MV]
フォン・タナスントーン(ฝน ธนสุนธร)
まもなくデビュー20周年を迎えるので立派なベテラン歌手と言って良い、ルークトゥン界の姫ことフォン・タナスントーン。
彼女の魅力はその表現力の幅広さにあります。正統派ルークトゥンからポップなタイプの曲まで、自在に歌いこなすフットワークの軽さを持つフォンのような歌手は意外と少ないものです。そして、現在は少なくなった古き良き時代のルークトゥンを大切にしているという意味でも、重要な存在です。
現在は長年在籍したレコード会社(Sure Entertainment)を離れ、心機一転を図っています。これからの姫にも大きな期待が持てそうです。
ได้ไม่ดีไม่มีดีกว่า – ฝน ธนสุนธร (Official MV.)
イン・ティティカーン(หญิง ธิติกานต์)
タカテーンと双璧をなす、ルークトゥン界に於いて高い歌唱力を誇る歌手の1人であるイン・ティティカーンは、日本人にも人気のあるルークトゥン歌手の1人です。
カヴァー曲である「ヨーム・ヂャム・ノン・ファー・ディン(ยอมจำนนฟ้าดิน)」の大ヒットで、その一時代を築きました。現在もコンスタントにアルバムをリリースしていますが、そのほとんどがカヴァーアルバムなので、そろそろオリジナルアルバムの発売を期待したいところです。
รักพ่อ หญิง ธิติกานต์ อาร์ สยาม [Official Mv]
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以上、ほとんど女性歌手ばかりのチョイスになってしまいましたが、もちろんこの他にも人気のあるルークトゥン歌手は沢山います。
その辺は当方のブログ「タイ式エンタテイメントの楽しみ方(http://blog.livedoor.jp/kapiraja1968/)」でも情報を発信していますので、お時間があるときにご一読いただけると幸いです。
[記事 kapiraj ]