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タイの首都、バンコク最大のスラムとされるクロントイ・スラム。建設労働者や港湾作業員、清掃員など、低賃金で生活インフラを支える約10万人が暮らしている。筆者は6月19日、約2年ぶりに現地を訪問。そこには変わらず、人々が貧困にあえぎながらも支え合って暮らす姿があった。
クロントイ・スラムは、チャオプラヤー川沿いにあるクロントイ港に隣接する43の地区からなる。日本人が多く暮らすプロンポンエリアから、車で約15分の距離だ。
一歩足を踏み入れると、過去にタイム・スリップしたかのような懐かしいタイの光景が広がる。プレハブの小屋が連なる迷路のような小道に、軒先に干された洗濯物や、昼寝する犬や猫、個人商店の前でたむろする住民らの姿が見えた。
歩みを進めると、過去に取材したカンボジア人の出稼ぎ労働者らが楽しそうに酒盛りをしていた。「今日は休みだからね」。1人が満面の笑みでそう話す。地べたに座って、複数の世帯がわずかな食事やビールを分け合い、周りにいた子供たちも楽しそうにはしゃいでいた。
筆者は過去5年、このスラムを度々取材してきたが、最後に訪問したのはタイで新型コロナウイルス感染症が広がり始めた2020年3月。外出制限などの対策が敷かれたことで経済が停滞し、スラムの労働者たちの仕事は激減していた。前述のカンボジア人労働者からも、「今日、明日の食べ物をどう確保していけばいいのか分からない」「仕事がなくて困っている」といった話を聞いていた。どこもかしこも陰鬱な雰囲気が漂っていた。
その後、コロナの感染は急拡大し、21年4月以降はスラム各地で集団感染が発生。政府はスラムからの感染拡大を防ぐため、優先的に住民へのワクチン接種を実施するなどの対策を実施した。
一方、今回の訪問では、通りに活気が戻り、人々の笑顔に触れる瞬間も多かった。クロントイ・スラムを現地で長年支援するシャンティ国際ボランティア会の八木澤克昌・常務理事は、「タイ経済が動き出したことで、スラム住民の仕事量も戻りつつある」と指摘する。
貧困対策に積極的な姿勢を示しているチャチャート・シティパン氏が5月のバンコク都知事選で当選し、スラムが抱える問題解決に向けた取り組みにも期待が高まっているという。チャチャート氏はタクシン元首相派のインラック政権で運輸大臣を務めた経験があり、貧困層の間で人気が高い。
ただ、経済発展に伴って所得格差が広がる中で、貧困層がスラムの暮らしから抜け出すのは容易ではない。バンコク都庁の統計によると、バンコクのスラムと住民の数は、1985年に943カ所、96万5,000人だったのが、2006年には1,774カ所、180万6,000人と年々増加傾向にある。バンコク人口の約3割がスラムで暮らしている計算となる。
さらに、タイでは少子高齢化によって労働者が不足しており、スラムに移住する隣国からの出稼ぎ労働者も増えている。八木澤氏は「タイに暮らす日本人も、無意識のうちに移民労働者が建設に関わったショッピングセンター、コンドミニアムやホテルを利用している。タイ料理に使われるエビや魚も、移民労働者がいなければ食べることができない時代になっている」と指摘。「タイの生活を支えるスラムの住民や移民労働者の存在を少しでも知ってほしい」と呼び掛けた。
<クロントイ・スラム発祥ブランド FEEMUE(フィームー)>
FEEMUEは、スラムの支援を目的に立ち上げられたブランド。シャンティ国際ボランティア会のタイ現地法人、シーカー・アジア財団が運営しており、FEEMUEの売上金は団体の運営費に充てられる。
同ブランドは、日本のデザイナー、FUJI TATE P(フジタテペ)氏がスラムに2か月間滞在しながらデザインを考案。スラムで用いられるタープシートを使った半透明のバッグや、モン族の刺繍を施したピアスなどを販売している。2017年度グッドデザイン賞を受賞した。
商品の製作は、シーカー・アジア財団が運営する工房で、スラムに住む女性らが手掛けており、雇用創出にもつながっている。
商品はLINEやショッピングセンターで購入可能
(東南アジア専門ジャーナリスト・泰梨沙子 Twitter @hatarisako)
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