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いとたくタイサッカー挑戦記-トライアウト-

2018年8月13日 配信

タイは今回で3度目…。

元々タイ料理(特に香草)が好きで05~06年の年越しを“プーケット&バンコク”で過ごす。その時家内のお腹には娘を身籠っていた。



2度目は2008年にJFL選抜にて。

何故今回の挑戦がタイだったのか。年齢を考えてヨーロッパや南米は現実的では無かった。何より日本から比較的近く、行ったことがある地であったことが大きい。あとバンコクは日本人が多く住んでいて、コミュニティーがしっかりしているという点。岡山・北九州と俺のプロ選手としての挑戦は常に家族と一緒と位置付けていたから、今回も連れてくる前提であった。

「サッカーを辞めるのは、いつでも出来る」バタバタと日本を飛び立って、バンコクスワナプーム空港へは深夜に到着した。

空港には日本語が話せるタイ人と合流、彼が代理人であり在タイ時のお世話係でもあるという。まずは拠点となる宿舎へ向かいがてら、近況の説明を受けた。「(日本から連絡を受けた際は)プレミアリーグのチームからオファーを貰っていたのだが、そこのチームの監督が韓国人となりトライが出来なくなった。センターバックを欲しがっている他のプレミアのチームへ行くことになったから」という。

次の日、昼食(カウパット)を食べながら打合せ。俺が参加するチームはいきなり対外試合があるという。まぁ変に練習に参加して戸惑うよりも試合の方がアピールし易いかな。

試合会場に着くとチームのヘッドコーチを紹介され、代理人は「他の選手を練習会場へ連れていくから」と放置…独りにされてしまった。この時ばかりは英語を勉強して来なかった自分を恨んだね。

取りあえず着替え終わった選手からパラパラとグランドに出て来てボール回し、タイ語では「モンキー」というらしい。20分程「モンキー」してたら、いきなりダッシュを2~3本させられて…「じゃあ(試合の)準備しようかぁ」って。

俺腰痛持ちで晩年は右足オペしてたから、しっかりと温めてウォーミングアップしてって日本ではやってたんだけどね…文化の違いなんですかね。

人数が少なく来た人順にスタメン的な感じ、ヘッドコーチが全部仕切っているから「監督はどこ!?」と聞いたら、「えっ、今日来ねぇし…」だって。ちょっと大変なところへ来ちゃったのかなって思い始めて不安になった。

取りあえず名前覚えようと…あだ名の文化はガイドブックで読んでたんだけど、“ボブ(どう見てもタイ人だけど)”“ゴッフ(Golfとスペルは言ってたけど)”“S(スーパーマンの意味だとか)”“トン”が二人いて…もぅ無理、元々人見知りで英語タイ語を操れない、「大丈夫かな、俺」と泣きそうになりながらタイでの初蹴りを迎えた。

伊藤琢矢(いとたく)
アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand
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