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2013年2月24日掲載 吉田彩緒莉
どこの国にも、映画やドラマで何度もリピートされる不朽の名作が存在するらしい。例えば日本でいうなら「赤穂浪士」や「白虎隊」といった「忠義」もの。やれ正月の長時間ドラマで、大河ドラマでと、気付かぬうちに刷り込まれ、日本国民の「良心」とは「忠義」であるとDNAに刻まれていくのだ。
タイでそれらに匹敵するものが「クーカム(คู่กรรม)」だ。この「クーカム」とはタイ語で「運命の人」を意味する。 なぜかこの2013年、タイで「クーカム」熱が再燃。既にドラマが始まり、映画も4月から公開される。
タイの女流作家トムヤンティの作で、舞台は第2次世界大戦中のバンコク。日本の同盟国だったタイに進駐した日本軍・小堀海軍大尉と、タイ人女性アンスマリンの悲しいラブストーリーだ。 当時トンブリーのピンクラオ橋付近に実在したと言う造船所の所長としてやって来た小堀が、美しいが気の強いアンスマリンの反発に合いながらも、お互い惹かれ合い、タイ軍の上層部にいたアンスマリンの父親の陰謀も手伝って、結婚するが・・・おっと。これから先は秘密。
この作品が初めてドラマ化されたのは1970年。その後映画で「グッドモーニング・ベトナム」で知られるタイの国際的女優チンタラー・スカパット(愛称メン)がヒロイン・アンスマリンを演じたリメイクも含め、本年のドラマ・映画で9回目のリメイクとなる名作中の名作なのだが、そんな「クーカム」が社会現象を引き起こしたのは1990年。タイの国民的スター トンチャイ・メーキンタイ(バード)が小堀に扮した時だ。このドラマの時間は、バンコク名物のタイ渋滞がなくなり、町中から人が消えたと伝わるほど、タイ国民がテレビの前にかじりついていたという。 それからというもの、タイでは誰もが愛するスーパースターが小堀を演じるのが定例になっているようで、現在オンエア中のドラマは、タイ人が熱狂したオーディション番組「The Star」で優勝して以来、若手人気ナンバー1街道を突っ走るビー・ザ・スターが、4月公開の映画は「バンコク都民の選ぶ好きな男優第1位」に選ばれたナデート・クギミヤ(ベリー)が小堀を演じる。ちなみにこのナデート・クギミヤ、養父が日本人とのことで、その姓からも日本人将校をタイ人が演じる違和感を少し緩和してくれる配役だ。
トンチャイが起こした社会現象のおかげで、小堀役に目が行きがちだが、実はこのストーリー、主人公はアンスマリン。ヒロインの配役も、毎回カリスマ的人気になるヒーロー役に華を添えるため、注目の女優がキャスティングされる。今回のドラマは映画「アンニョン!君の名は Hello Stranger」で大ブレイク後、歌手としても活躍中のヌンティダー・ソーポン (ヌーナー)。映画の方は彗星のように現れた新人女優アマラーワディー・ディーカーバーレス(リッチー)と意表を突き「ドラマ VS 映画」でキャリアも個性も相反したユニークな設定となっている。
ドラマ版クーカム オフィシャルMV
タイの一大エンターテインメント「クーカム」は歴史大作でもある。日本人男性とタイ人女性の壮大なロマンスだけではなく、タイ近代のレトロな風情や、第二次世界大戦下のバンコクの様子がこと細かに描かれ、戦争を知らないタイの若者の心にも感じるものがあるだろう。 タイでは歴史大作が好かれる傾向にあるが、タイ好きの日本人にとっても大変な魅力。日本の歴史の教科書には、同盟国であったタイでの日本軍の活動について、ほとんど触れられていないし、かの泰緬鉄道の存在さえ、アメリカ映画「戦場にかける橋」で知ったと言う人が多い。 今は雰囲気のいいレストランが建つピンクラオ橋のたもとに、日本軍が関わる造船所があったというのは新鮮な驚きだったし、日本軍攻撃のための空爆でバンコクが被害に遭っていたということは、全く知らずきりきりと胸が痛む。他にも当時のタイ人から見た日本軍とは、こういう感じだったのか・・・などなど、自身の祖父が日本軍として駆り出され、異国で死去しているせいか、モノクロの写真でしか見たことがない軍服の祖父の姿とかぶり、様々な思いが胸にこみ上げた。
当時、日本の同盟国になったばかりに、多くの被害が出たタイ。それにも関わらず、タイは大の親日国として知られている。それが全てではないだろうが、一因に、タイ人の愛するヒーロー「コボリ」が関係していることは想像できる。
日本でも「メナムの残照」として発行されているので興味のある人は一読を。タイではドラマを放映中(毎週月曜日と火曜日 20時10分から21時40分まで5chで )なので、在住の方はもちろん、旅行者も放映日が重なっているようであれば、チェックしてほしい。とはいえ、ドラマはじれったい、旅行者だから続きが見られない・・・ということもある。 一気にこの壮大なストーリーを体感するなら、やはり映画だろう。近代のタイ映画のクオリティーは素晴らしく、どこの国と比べても遜色がない。特にタイ人の持つ色彩センスは斬新で「クーカム」でもその実力は余すことなく発揮されている。圧倒的な映像美に、言葉はわからなくてもスクリーンの中に引き込まれてしまうに違いない。
映画版 クーカカ予告編
いつの日か、日・タイ合作で日本人の役者は「コボリ」をはじめ日本人の超人気スターに、ヒロインをはじめタイ人の役はタイ人の超人気スターを揃え、ヴェネチア国際映画祭やアカデミー賞のような場所で賞賛されるような大作映画としてリメイクしてほしい、と、思う日本人も多いだろう。 しかし、「クーカム」の「コボリ」はタイ人のヒーローが演じねばならない。そうでなければ、恐らくタイ人はここまで熱狂しないのではないだろうか。「コボリ」は日本人ではあるけれども、タイ人が作り出したオリジナルヒーローなのだから。
(おしまい)
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