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タイの国技というとムエタイと、もうひとつ。もう一つ…うーん、なんだっけ。
タイ好きの人なら「セパタクロー」といえば、「ああ!それだ!」とすぐわかる人も多いものの、かつて年末に大人気だった某長時間番組の影響も手伝って、知名度抜群のムエタイと比較すると、いまいちぱっとしない「セパタクロー」。
しかし、それはタイ現地では別。
コンドミニアムに「セパタクロー」のコートがあるくらい、ごく普通のスポーツであり、体育の授業に当たり前のように組みこまれているポピュラーなスポーツ。
実のところ筆者が初めて「セパタクロー」を見たのは、ホアヒンの空き地で上半身裸の子どもたちが、ネットを挟んで裸足でボールのようなものを蹴り、高いところにジャンプしてそのまま地面に落ちるのを見て「危ない危ない!大丈夫か?」と思った危険そうなスポーツが、どうやら「セパタクロー」だった模様。
実はこの「セパタクロー」という競技、世界選手権やアジア競技大会など国際試合も行われている。
さらに驚くべきことに日本代表選手もいるのだ!
なぜタイの国技を、日本で?そしてそんな彼らを魅了する「セパタクロー」とはどんなスポーツなの?
今回は日本代表の中でも精鋭中の精鋭、小林裕和選手と内藤利貴選手にお話を聞いてまいりました!
小林 裕和(こばやし ひろかず)
– ポジション:サーバー&トサー
2022年 日本代表選手
2018年 アジア競技大会:銀・銅メダリスト
初めて覚えたタイ語:アロイ(おいしい)
内藤 利貴(ないとう としたか)
– ポジション:アタッカー
2022年 日本代表選手
2022年 世界選手権大会:銅メダリスト
2018年 アジア競技大会:銀・銅メダリスト
初めて覚えたタイ語:コー・ナムケン(氷ください)
--日本代表選手にお話聞くなんて緊張しちゃいます!基本的なことやタイが多めのインタビューになりますが、よろしくお願いしますねっ!
小林&内藤:よろしくおねがいしまーす!
-- 一番最初に「セパタクロー」を知ったのはいつですか?
内藤:初めて知ったのは小学生の時です。見たわけではないんですが、友人のお父さんがタイに出張していて、お土産が「セパタクロー」のボールだったんですよ。
--なんだか運命的!小林さんは?
小林:自分は大学の入学オリエンテーションの機会に、「セパタクロー」同好会から誘いを受けたことがきっかけです。それまでは「セパタクロー」というスポーツの名前自体は頭にあったんですが、どんな競技なのかは、知りませんでしたね。
内藤:僕も実際にやってみようということになったのは大学の「セパタクロー」同好会の勧誘です。高校生までサッカーをやっていて、大学でもサッカーを続けるつもりではあったんですが、周りとのレベルの差を感じまして。丁度、じゃあ何か新しいことを始めよう、というタイミングだったんです。
--サッカーから「セパタクロー」は自然に移行できるものなのですか?
内藤:僕の場合は、サッカーと同じ足を使うスポーツだっていうことと、ちょっと知っていたスポーツだったので、自然に入れました。
小林:自分も彼と同じ理由で(笑)。高校までサッカーをやってきて、じゃあ大学でも!と考えた時に「そこまで頑張れるのかな?」と悩んでいた時期でして。
だったら「セパタクロー」やってみようかな!と、転身しました。
--へえ!二人ともサッカーからの転身なんですね。足を使うスポーツっていうことで、サッカーからの転身する人が多いのでしょうかね?
小林:強化選手の中には野球、バスケットボールからの転身組もいるんですけど、男子の場合は8割程度はサッカーからの転身だと思います。
--ワタシ、初めて「セパタクロー」を見たのって、空き地で上半身裸、裸足の子どもたちが、ネットを挟んでわいわいやっている場面でした。高い位置で蹴った後、地面に落ちて「危な~い!」って叫んじゃって。なんかあそこで変な人が叫んでる的な白い目で見られちゃったんですけど(笑)、今思えばあれが「セパタクロー」で。かなりアクロバティックで、地面に強く落ちることも多いスポーツだと思うんですが、恐怖心は感じなかったんですか?
内藤:多少は思いました。でも僕の場合はサッカーでゴールキーパーをやっていたので、ボールを取りに行って、地面に落ちる感覚には慣れていたっていうのがありました。
「セパタクロー」でも受け身はうまくいくだろうと思っていて、恐さはすぐになくなりましたね。
小林:自分は「空中でアタックを打つのって凄いなあ~」とは思いましたけど、自分がそれをやる必要はないかな?と最初は思っていました。
危険さよりも、足で繊細にボールで扱うというスポーツであることに惹かれましたね。
--大学生で初めての「セパタクロー」体験だったわけですが、この競技の面白さに気付いたのはどんなタイミングだったんですか?
内藤:サッカーではできていたリフティングが長く続かないんですよ(笑)。ボールが違う、蹴り方が違う。逆にそれが面白くてどんどんはまっていきました。
小林:自分の場合はサッカーをやっていたころからリフティングがそんなにうまくできなかったんですけど(笑)、「セパタクロー」のボールを落とさずリフティングを続けていけるようになることで、面白さを感じましたね。
全く別のスポーツからきたからこそ、成長を楽しさに変えることができたので、飽きずに続けることができています。
--「セパタクロー」歴はどれくらいなんですか?
内藤:僕は10年。
小林:17年くらいですかね…。
--「セパタクロー」の選手はタイに行くことが多いって言うのは本当ですか?
内藤:僕は10回行ったか行かないか。
小林:自分は…20回行っているかいないか、くらいですね。
--1年に1回は必ず行っている計算なんですね。
小林:ですね!新型コロナウィルス感染拡大の間は除いて「セパタクロー」の国際大会はほとんどタイであるんですよ。
年に1,2回あります。大きな国際大会はほとんどタイなんです。
--「セパタクロー」ってアジア発祥のスポーツのようなんですけど、「タイ発祥」と言われているのはなぜなのでしょうか?
小林:日本でも蹴鞠みたいに、ただ足で籐でできたボールを蹴るものはアジア中にあったんですけど、スポーツ競技としてルールを決めて誕生させたのはタイなんですよね。
--タイとしてはタイの国技として、世界大会を自国でやることで「私たちの国のスポーツだ!」と主張しているんですかね。
小林:あー…そうかもしれないですね。
何と言っても国際大会には『キングスカップ(国王杯)』という名前が付いていて、国王の代理の方も「セパタクロー」の試合を観戦されますからね。
そういえば、スポーツの共通の現場って、そのスポーツが発祥の土地の言葉だったり、文化が入っているじゃないですか。
--そうですよね。柔道発祥の地は日本ですけど、オリンピックでもみんな同じ柔道着だし、技の名前も日本語だったりしますよね。
小林:そうなんです。「セパタクロー」って、競技にしたのはタイだから、「セパタクロー」に出てくる用語はほとんどタイ語です。
僕がタイに初めて試合に行ってた頃って、まだあまり現場で英語が通じなかったんですよ。選手同士の会話が英語ではなかったし、たとえば韓国の選手と話すときにも、タイ語と英語がまざっているんですよ。
遠征に行く先で他の国の選手がみんなタイ語を話しているスポーツってなかなかないですよね。
--えーっ!何だかすごい世界(笑)。試合だけではなく、タイの選手との会話も聞いてみたい!
小林:(笑)…たしかに凄い世界ですね。
--タイの選手と交流することはあるんですか?
小林:ありますね。今年はなかったんですけど、世界選手権が決まったら数日前にタイに入ってタイの練習場に練習させてもらって、その中でタイの選手と親善試合したりとか。新型コロナウィルス感染症の拡大前は、昔は試合が終わった時に打ち上げみたいな形でタイのホテルの中で飲む、みたいなこともありました。
そういったときはタイの選手だけではなく、色々な国の選手とコミュニケーション取ることが多かったです。
--と、言うことは、お二人はタイ語が話せるんですか?
小林:日常会話で「どこ行きたい」「何を下さい」とかそういう程度ぐらいですかね。
内藤:僕はご飯を注文するくらい。裕和さんは結構話せるんじゃないですか?僕は単語+単語+単語ですけど。あとは勢い(笑)!
小林:でも少し話せるからってタイでタイ人に話しかけると「あ、こいつ話せるんだ!」って思われて、凄く話してくれるんですよ。でも返ってくる言葉はほとんどわからない(笑)。
--それ、すごくわかる(笑)!
小林:(笑)…。会話のスピードもそうなんですけど、ちょっと聞きたかったことが、倍ぐらいの量で返ってくるんですよ。露骨に「話せますよー」とは言えないですね。
内藤:タイの方、優しいから聞いたらたくさん答えてくれるんですよね。
--内藤さんは単語でどんなことを聞くんですか?
内藤:これはなに?いくら?からい?とか大盛にしてー!とか。
--2人ともタイで試合が多いので、勉強してから行くんですか?
内藤:そうですね…タイに何度も行っている先輩に、どんな言葉が話せた方が良いですか?とか聞いて、使っていって、次はこんなことを話せたらいいなーって思って覚えて。
--ちなみにお二人が初めて覚えたタイ語ってなんですか?
小林:アロイ(おいしい)かな?
内藤:僕もアロイかな?いや、初めてタイに行ったとき、先輩から「コー・ナムケンって言ってこい!」って言われて「氷ください」とも言われずに、行って、のちのち「ああ、氷くださいって意味だったなー」って思って。
小林:最初の頃ってタイ語話せる先輩が「アライワ?」とかちょっと怒ってる口調のタイ語をわざと教えてきたり、ちょっと色気のある言葉を教えられたり…初めのころはよくありましたねー。
--国技だけあって「セパタクロー」はタイが世界で一番強いそうなんですうけど、選手の目から見てどこが一番違いますか?
内藤:単純にスピードと、パワーが違うなって思います。
さっきおっしゃってましたけど、タイは小さなころから空き地で裸足でやってるんですよね。やはり小さなころから当たり前のスポーツとしてやっているっていうのもあって、そもそもの選手のレベルが高い。
--どんなところが特に強い、と戦ってみて思います?
内藤:特にサーブのスピードが凄く速い!そして打点がとても高い。
日本チームがそれに対応できないというか…。
日本人のレベルで考えてブロックすると全然上を抜かれてしまう。単純にスピードと高さという所は少し差があるように感じます。
--ちょっと不思議に思っていることがあって。
タイの女子バレーは強いから別として、タイはスポーツ面だと、オリンピックにしても個人競技はメダルを獲れます。でも、団体競技的なものは予選を通過しない印象があります。例えばタイ人はサッカー大好きですけど、上位には入ってはこない。でも重量挙げで金メダルとか。
タイ人の友達何人かに聞いてみたんですが「日本人が好きな野球は、タイ人はやりたくないです。」と言われたことがあるんですね。
「セパタクロー」はチームスポーツなのにめちゃくちゃ強いから不思議だなーって思っています。
日本は逆にチームプレーが大切な競技に強いことも多いじゃないですか。何故なんでしょうね。
内藤:ああー…。
「セパタクロー」はチームはあるんですけど、個人プレイのスポーツに近いんですよね。サッカーみたいに布石を打つ、じゃないんですけど。
もちろん「セパタクロー」にも多少の戦略はあるんですけど、チームで綿密に戦略を考えなくても個人の技術があると、勝てます。
例えば、誰も届かないところにアタックを打てば勝てたりする。と、僕は思うんですけど、どうなんでしょう、そのへんは!?(小林選手にふる)。
小林:(笑)…。いやー、そうでしょうね。
ポジションのローテーションはないので、どの選手も自分のポジションのその仕事をするためだけにそこにいるわけですよ。
例えば彼は(内藤さんを指し)アタッカーなんですけど、サーブは打たない。もちろん打ったらダメではないんですけど、やらなくていい。
自分はサーブを打つので、アタックを打つことはない。そういうところは個人が能力の長けているものをやればいいというスポーツではありますね。
--なるほど!
小林:「セパタクロー」のメインは3人制です。大きなチームプレーではないですしね。
たとえ負けている状態でも、サーブを打つ選手が強いので、それだけで天下取れてしまう。でもクワッドという4人制の競技はちょっと違うかもしれません。
--妙に納得しました。4人制になると、1人とはいえチームが大きくなりますよね(笑)。やっぱり面白いな、タイ人って。
小林&内藤:…(笑)。
--2022年の大会でもメダルを獲得していますが、日本は男女とも結構強い方なのではないですか?
小林:2019年のPremier(最上級クラス)の成績が良くなくて、2022年のタイのキングスカップはDivision1で3人制のレグで戦って優勝しました。先ほどお話した、4人制のクワッドという種目はPremierで銅メダルを獲得できました。
-- と…いうことは、男子チームの日本代表はクワッドでは世界3位の成績なんじゃないですか!世界ランク的にはどれくらいの位置にいるんですか?
小林:まあ「セパタクロー」といえば、先ほども話した通り、やっぱりレグ(3人制)がメインなんですよ。そこは2022年も世界選手権にもエントリーしていたんですけど、予選で負けてしまって。
一番上のランクになるPremierは8か国くらいエントリーできるんですけど、予選で1回勝って、他は負けてしまったので、日本代表男子チームは5位か6位くらい。直近の大会で言うとそれくらいです。
小林:個人の目標はまたみんな違うとは思います。本当は今年、中国の杭州で開催予定だったアジア競技会が1年先延ばしになって、2023年開催になってしまっているんですよ。
チームとしてはそこにむけてメダルを取りに行くのを目標にしています。
4年前にあったパレンバン(インドネシア)の大会は我々は銀・銅という結果を残しているんですよ。
--えっ?それは凄いことですよ。
小林:銀を取った試合が、4人制のクワッドだったんですけど、それより上の金を取りに行くっていうことが目標ですね。
3人制のレグ方は前回エントリーしていなかったんですけど、予選で敗れたこともあるので、今度のアジア大会では予選を突破してPremierでメダル争いに絡むことが目標です。
--さきほどおっしゃっていた個人の目標はどうですか?
内藤:やっぱりアジア競技会で金メダルを取るっていうことと、2026年に愛知県で行われるアジア競技大会で金メダルを獲得したいなあっていうのはありますね。
小林:自分は結果を取りに行くことはもちろんなんですが、もう17年やっているんで、後輩の選手にそういう大きな舞台で戦っていくことの楽しさを感じさせたいと思っていて。
大会の結果とは別軸で、そういうところも伝えていけたらいいなーって感じていますね。
--「セパタクロー」の選手になりたいっていう人は増えているんですか?
小林:能力の高い選手が大学にもたくさんいるんですけど、
何せ日本の「セパタクロー」はプロではないので、大学卒業後に仕事や生活をバランスよくやれるか?という保証がなくて。
僕らみたいに「セパタクロー」が好きで生活を犠牲にしてでもやっていきたいっていう子もいるんです。でも、日本の状況だと無責任に「やろうよ」って言いづらいこともあったりするんで・・・。
優秀な選手が続けてくれたらいいなあって思います。
--そう言えば、内藤選手も小林選手もお仕事をしながら「セパタクロー」を続けているんですよね?
内藤:僕は医療機器のメーカーに勤めています。店舗営業って形なんですけど。
--えっ?というと正社員として、がっつり仕事している環境なんですね。
内藤:はい。スポーツ選手の勤務にとても理解がある企業で、練習のある時は定時で上がらせていただいているのですが、業務内容としては他の人と変わらないお仕事をさせていただいています。
終業後や、お休みの日、遠征の時は競技を優先させていただいています。
小林:自分も、もともとは彼と同じ医療器メーカーの会社で勤務していました。
-- スポーツ選手の採用や入社後の勤務体制に理解がある企業なんですね。
小林:そうですね。ちょっと今は環境も変わってきていますが、僕が当時入社したころは、セパタクローもそうですが、ラクロスとかスノーボードとか、スポーツだけで生活できる環境ではない選手たちが、働きながら競技に参加していました。
ただ、自分は去年、その企業は退職させていただいてIT業界で働いています。
--今日も練習前にお時間いただいているんですが、土日は練習、平日は仕事と「セパタクロー」以外の時間がない感じですね。
小林&内藤:ふふふ(顔を見合わせ笑う)。
小林:そうですねー…まあ、ずっとそういう感じで生活してきてしまったので。ほぼ人生が全部、仕事以外は「セパタクロー」っていうことですね。
内藤:そうですねー…(笑)。慣れちゃったというか。
小林:逆に今の環境じゃなかったら、もしかしたら何か他のものを見つけているかもしれませんけど。
内藤:この生活しか知らない…。
--逆に選手であるだけで、収入がある人たちより、遥かに忙しいし、厳しい環境だと思いません?
内藤:うーんそうですね、文字に起こすとそういう風になりますね(笑)。
--私だったら死んでしまうレベルの生活濃度なんですけど…。
小林&内藤:…(笑)
--今日の取材は日本代表の方々が集まる練習前の時間をいただいているのですが、どれくらいの頻度で練習しているんですか?
小林:強化指定の選手が集まる練習は、週に1回あるかないか。月に3,4回ですね。それぞれの選手が各クラブに所属しているので、そのクラブの試合や練習のない時に集まってくる感じです。
同じクラブのメンバーは、顔を揃えて週に3,4回練習がありますね。
--ちなみに他国で「セパタクロー」の選手を職業としてできて「セパタクロー」だけで収入が得られる国はどこですか?
小林:タイとマレーシア、韓国、イラン、あとインドもそうじゃないかな?
まあ国としてセパタクローにお金を出しているかどうかっていう違いなんでしょうね。
韓国も国がお金を出してくれているし、タイは代表選手クラスになるとは富裕層。
--富裕層かあ…
小林:タイには「セパタクロー」のプロリーグがあるんですよ。
日本で言うサッカーの「Jリーグ」みたいなもんですかねえ。
そこに入るだけでも「セパタクロー」だけやっていれば、生活できるっていう人は多いので。
--もし日本でもきちんとお給料が出るようになったら、もっと上位になるんじゃないですか?逆を言うと、仕事をしながら練習して、「セパタクロー」ではお給料もいただけない状況で、メダルを取っているってすごいことですよね。
小林:前回銀メダル取った時も、もう少し日本の「セパタクロー」を取り巻く環境が変わるんじゃないかな?って、そう信じてたんですけどねー(笑)。
アジア大会っていう主要な大会で、日本として初めての銀メダルとか金メダルだったし、ただ2026年のアジア大会は愛知県で開催されるんですよ。
日本の方に見てもらえる機会が用意されていると思うので、そこで結果を出せれば、僕たちの下の子たちには、そういう環境をつくることはできるかもしれませんねー。
--世界大会の遠征の際は、どこから費用が出るんですか?
小林:渡航費の部分は日本セパタクロー協会だったり、選手が負担したりですが、向こうに行ってからのホテル代や滞在費はだいたい開催国が持ってくれます。
--タイに遠征で行くときは試合終了後に観光したり、ご飯食べに外出したりするっていうことはあるんですか?
内藤:観光はないですね。やっぱりある程度制限はあるので。みんなでご飯を食べに行くっていうのもないかなー。
タイの国際大会の会場は、ショッピングモールの中にあるので、全員でっていうのはないですけど、各々で食べるくらい。
打ち上げ…みたいなものではなく、お昼ご飯食べる?くらいのイメージですよね。
小林:あー、最近は少なくなりましたねー。
--えーっ?「いえーい!今日勝ったから飲みに行こうぜー!」的なことはさすがにありますよね?ないんですか?
小林:最近、コロナ禍の影響もあって大会がなくなってしまったこともあり、4年くらいない状態なんです。
それより以前は最終日に「お疲れ様でした!」ということで、ホテル内で食事と飲み会をすることもあったんですけど。それができなくなってしまったのは、そこはちょっと寂しいことですよね。
--タイの遠征で一番印象深いことって何ですか?
内藤:僕はですね、つい最近、2022年の8月のタイのキングスカップの時に、新型コロナウィルスの陽性になって、非常に貴重な経験をさせていただいたことですかね!
--え!
内藤:バンコクの一番大きい病院に救急で入りました。そこに5日間いたかな?本当に何もすることがなくて寝ているのみ…です。
--いつ判明したんですか?
内藤:判明したタイミングが、チームイベントの準決勝に勝った時で。その日に症状が出てきたんですよ。スケジュール的に選手全員帰国のためのPCR検査を受ける日だったんですけど、翌日陽性、と判明しまして。
だから僕は、決勝戦には出場できなかったんです。
--トップ選手なのに決勝戦に出場できないなんて悲しすぎますね。小林さんもびっくりしたんじゃないですか?
小林:その前に陽性になっている子がいて(笑)。
4日間チーム戦があったんですけど、彼に症状が出る前から、陽性の選手がいたのでこれはまずいなあと。世界選手権は、日本チームがとてもタイトなスケジュールで出場していたんですよね。そんな状況だからコロナではないけど発熱している子もいたし。
--壮絶だな・・・
一同:爆笑
小林:国際大会なので厳しくて、3日に1回抗原検査をホテルで受けていたんですけど、何人か感染者が出はじめた時に、もう誰かしら感染しているんだろうなーっていう感じになってきたんですよ。
僕の場合は、チーム戦だけだったので、割と前半はゆっくり過ごしていたんですけど、彼(内藤選手)の場合はフルで出場していたので、体力的にも疲労していて感染しやすかったんじゃないかと思います。
--そういう場合は代わりに出場する控えの選手はいるんですか?
小林:チーム戦自体はサブの選手が3人いるんですよ。一人欠けても一人かわりに出場できるんですけど、もう何人か陽性の子が出てしまったのでサブの子も足りない状態で。
本当は12人で戦いたいところを10人で戦って…その人数でもなんとか結果は出せたので総合力的には何とか耐えれたということなんですけど。
--そもそも「セパタクロー」のチーム編成は、新型コロナウィルス感染症が出た時のために作ってないですもんね。
小林:そうですねー(笑)。陽性者を加味して日本からメンバーを選んできたわけではなかったので。
--内藤さんは結局、何日くらいタイに留まったんですか?
内藤:えーっと…20日弱(笑)
小林:僕らは1週間くらいで帰ってきたので、僕らより10日以上留まった感じですよね。
--ゆっくりはできたけど、楽しくはなかったですね。
小林:…(笑)
内藤:楽しくは…なかったですね(笑)。でも外国で入院することなんかないですし、ホテルに閉じこもることもないですし、色々貴重な体験はできました。
--ホテルは隔離状態で外に出ることはできなかったんですか?
内藤:いやそれが、結構緩かったんですよね(笑)。
--2022年8月だから、もう軽症者が多いオミクロン株対応だったんでしょうね。
内藤:そうだと思います。入院中の食事は病院で提供してもらえたんですけど、ホテル療養の時は「食事は自分で調達してください」って言われて。
--ちなみに病院からホテル移動のタイミングは、いつだったんですか?
内藤:陰性になったから出られるわけではなかったみたいです。実は僕の場合は40度くらい熱が出てしまって。
--大人になってからの発熱40度って、大変ですよ。それでも軽症なんですか?
内藤:入院は5日間と決まっていたんですけど、2日後には症状は収まったので、結果的には軽症だったと思います。しかも僕の場合、血液検査に異常があって、5日後に検査をし、陽性ではあるんですけど、状態が良いということで退院に。
--5日間で退院できて良かったですね。
内藤:でもそこからホテル療養に切り替え。数日ホテルにいました。
--さぞや退屈したと思いますが、5日間で退院できて良かったですね。
内藤:いや、ホテルでも何もすることがないので、ひたすら寝て、起きて、ご飯食べて、でも動かないから食欲もない。無意味に1日に何度もシャワー浴びたりして…。
小林:・・・(笑)
内藤:もうね。それしかできないという…。
ただホテルの部屋ではNHKは見ることができたので、ひたすらNHKを見ていましたね。ルールもわからないのにひたすら囲碁の対局を見て。
--囲碁・・・(爆笑)。結局何人が陽性になっちゃったんですか?
小林:4人ですね。最後の方になってみんなバタバタと。
--あと数週間後なら、陽性陰性関係なかったのに…。
内藤:ほんっと、そうなんですよっ!
--他にも大変だった体験がありそうですね。
内藤:2014年のミャンマー大会。大学3年生の時でした。
小林:あー、あれは大変だったね。
内藤:国際大会だったはずなんですけど、ほんっとに大変でした。まず移動ですよね。ミャンマー迄の移動が8時間から9時間。直行便がないのでシンガポール経由で。
--乗り換えって地味に疲れますよね。
内藤:まあ、そこまでは良かったんですけど、これは本当に個人的なことなんですけど、僕のスーツケースだけぶっ壊れていて、ぐるぐる巻きにされているという。
--こわい、こわい、こわい(笑)!
内藤:しかも、せっかく持ってきた日本食が全部なくなっていると言うね…。
ほんとうに「ばん!」ってスーツケースがあいて、壊れただけなのかもしれないんですけど、まずそこでメンタルやられまして。
--いや―…壊れただけだったら日本食だけないってことありませんよ。国際大会に出るその国の代表の選手の荷物から日本食を抜くなんて(笑)!
内藤:その後ヤンゴンの空港からバスで移動したんですけど、まさかのバスで8時間。
--どこに連れて行かれちゃうの~(笑)?
内藤:空港はヤンゴンだったんですけど、会場はヤンゴンじゃなかったんですよ。それもバスのシートは日本の長距離バスやリムジンバスみたいに、柔らかいとか、リクライニングが効くやつじゃないですからね!
--え?え?アジアも長距離バスは結構快適なシートが多いはずですが。
内藤:アジアの路線バスにあるようなプラスチックのかたーいシートで、もちろんリクライニングも効かないやつです。
--プラスチックシートのバスに8時間揺られるって想像ができない…。
内藤:しかも、途中でパンクして道のど真ん中で降ろされて…。色々な国の選手がいるので、みんな「トイレに行きたい!」っていう訳ですよ。そしたら、運転手が空き地を指差しで「あのへんでして来い」っていうんですよ
一同:爆笑
内藤:まじかー、って思って。
それで選手村という名前の宿泊施設に着いたんですけど、水は出ないは、虫が多すぎるは、正直言ってもう二度と行きたくないですね(笑)。頭おかしくなりそうだなーって思って。
--…(爆笑)。何日くらいその虫の多すぎる選手村にいたんですか?
内藤:1週間くらいですかね。
--なぜ小林選手は涼しい顔をしているのでしょうか(笑)?
小林:ワタシは行ってないですよ。ワタシはそーいう所には行きませんよ、ワタシは(笑)。
--今は軍事政権なので、どうなっちゃうのか想像ができないのですが、でも、またミャンマーで国際大会があるかもしれないですよね?
小林:まー、そーですね。
内藤:可能性はゼロではないので…前もって移動時間や移動手段を事前に調べて決めようかなと。
--小林さんは「この大会大変だったなー」っていうのはありますか?
小林:それこそタイなんですけど、ナコンラチャシマーのターミナル21で大会があったんですけど、実はバンコクの空港について、コラートまで国鉄移動だったんですよ(笑)。
--ええっ?た、たしかタイ人の友達もよほど時間があるか、電車が好きではないと国鉄には乗らないと。少なくとも快適な長距離バスで行くと聞いたことがあるのですが。
小林:いやー、ほんとに。とにかく乗っている時間が長くて。
--コラートまで6時間くらいかかるはず。いや、時間によってはもっとかも。
小林:あれは遠かったですね。今はバンコク郊外のファッションアイランドっていうショッピングセンターの中で試合になったので、そんなに遠くはないんですけど。
--さすがにスポーツ選手は身体資本なので試合に響かない移動方法を考えてほしいですよね。
※国鉄で移動している画像をSNSでUPしたところ、タイ人の皆さんから「かわいそう!タイの政府は何で外国人選手にこんなひどいことをするんだ」と声が上がり、炎上(笑)。この移動の件でタイ側から謝罪があったというエピソードあり。
--日本で日本代表が国際大会で戦うことを見ることはできるのでしょうか?
小林:日本では国際大会が開かれたことはないんですよ。昔、広島でアジア大会があったという話はあります。韓国を招いたり、タイを招いての試合、というのはありますけどね。
--日本でたくさん国際試合をやってくれたら、応援しやすいんですけどねー。さっきのミャンマーよりは環境も整っているじゃないですか!
小林:そうですよね!そうなんですよねー。
--次の大きな試合はいつでしょうか?
小林:我々は参加しないんですけど、11月22日から韓国で国際大会が開催されます。
--あれっ?お2人は出場しないんですか?お2人ともトップ選手だと聞いたんですが!
小林:…(笑)。そうですね!トップはトップなんですけど(自分と内藤選手を指しつつ)、2023年のアジア大会だったり、その後の2026年の愛知県での大会を見据えた時に、我々は国際大会にも慣れているんですけど、慣れていない選手を国際試合に慣れさせたいと言うのがあります。
ここ最近コロナ禍もあって、ずっと国際大会がなくて、初めて国際試合に出場するっていう選手が半分以上いるんですよね。そうなるとさっき話したようなチーム戦になって、全員で戦う時のために、経験を積んでほしいという監督やコーチの考えもあって。
一番大切な大会以外の場で、経験を積んでもらおうと。
--今度の韓国は後輩育成の一環でもあるんですね。
小林:あとは、他のスポーツ選手と違って、仕事をしながら競技をしているのでその兼ね合いもあります。
--私はタイが大好きなんですがお恥ずかしながら「セパタクロー」をあのタイの空き地で見たスポーツだと今日、この取材でわかった状態でして、きっと「全く知らない」というタイが好きな日本人も少なくはないと思うんです。
そんな人たちに「セパタクロー」を知ってもらうとすれば、何を伝えたいですか?
内藤:「セパタクロー」ってタイの国技で、タイでは小さな子供からおじさんまでごく普通にやるスポーツなんですよ。現地では当たり前のスポーツとして親しまれている生活の一部です。タイの学校では体育の授業にも組み込まれているんですよね。
タイに浸透しているものだからこそ、タイが好きな人に知ってほしいですね。
--いやー、私は今日知ることができて、しかも日本代表の方に「セパタクロー」のことが聞けて本当に光栄でしたから、今後試合の結果とか気を付けて見るようにします。
内藤:(笑)…。タイの料理が好きっていう人がいれば、タイに好きな場所がある人もいると思います。そこにセパタクローが入ったらうれしいですねー。
僕個人としては、タイの人って親切な人が多いなあって思うんですね。
それと関係しているかどうかわからないんですけど、セパタクローって相手にボールを渡すときに必ず下から転がしたり、下から投げたりします。
相手に敬意を払う、じゃないですけど、そういう行動一つを取ったとしても、タイのお国柄というか、タイ人の人柄が出ているんじゃないかなーと、勝手に自分では解釈しているんです
--そういえば、ムエタイも試合の前にワイクルーっていう師や家族、タイ自体に感謝を捧げる踊りがありますよね。それは一理あるのかもしれませんね。
小林選手はどうですか?
小林:タイの国技を日本で見れるという面白さや、タイの国技の日本代表の選手がいるんだっていうことを知ってもらえたら。
それとタイの国技「セパタクロー」を日本人もやっているんだよって言うことを知ってほしいし、「セパタクロー」がタイの国技で、タイが世界一なんだっていうこと。
タイの選手はどんな人がいるのかな?とか、日本ではどんな選手が、どんなふうに遠征してるのかとか…自分たちを通して興味を持ってもらえたら、うれしいかな。
--私としてはやっぱりタイ代表と日本代表が戦っているところが生で見てみたいです。
小林:今日は男子の「セパタクロー」日本代表の話をずっとしてきましたが、女子の日本代表もいて、彼女たちは強くて、ずっとPremierで戦っています。Premierではタイとの試合は見れますね。
--いやー、ほんとに今後はレグのPremierでメダルがとれるよう応援します!今日はありがとうございました!
小林&内藤:ありがとうございました!
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取材を終えて―――――
インタビューの後、代表選手たちの練習試合を見せていただいた。
ボールは一見軽そうに見えるものの、意外と痛く、選手は靴下の中にパットを入れて試合をするのだそう。
また、空中から放たれる超スピードのアタックや、まるでバレーボールのように足を自在に使って打つサーブは、サッカーのそれとは全く違う印象。
「セパタクロー」は空中の格闘技とも称されるスポーツ。人間ってこんなに高く飛べるんだ?と驚いてしまうほどアクロバティク!
何よりも、プロとして収入を得ている訳ではなく、皆さん他の仕事を持ちながら集まっているというのに、明るくはつらつとひたむきに練習に打ち込んでいる姿には、「知ったからには応援したい!」と思わせるもの凄いパワーを感じる。
また、日本セパタクロー協会の矢野常務理事から「セパタクロー」の選手が履いているシューズについて、面白いお話が聞けた。
なんと彼らの履いているシューズは、タイの学生が学校で履く「ナンヤン」というもの。日本の上履きのような存在だろうか?
タイに行くと「セパタクロー」の選手は山のように買って帰るのだとか。「セパタクロー」にはそんな部分にも、タイ発祥のスポーツならではのタイの文化が隠れている。
それに、想像してほしい。プロの日本代表選手が、ミャンマーで8時間もローカルバスで運ばれたり、トランクをぶっ壊されて、大切な日本食を盗られたり、6時間もタイのローカル国鉄の一番安い席でゆられて、大会会場に向かう姿を。
フィギュアスケートの日本代表選手だったら、国際問題になっているかもしれない。
競技が違うだけで、こんなに扱いが違うなんて、なんだか切なすぎる。
「もう知っているよ!」という人も「初めて知った!」という人も、こんな環境の中で、それでも、あえてタイの国技に全てを賭けている選手たちをぜひとも応援していただきたい!
取材・文:吉田彩緒莉
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