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2014年に東京国際映画祭で公開されたタイ映画「The Teacher’s Diary(タイ題 คิดถึงวิทยา キトゥンウィタヤー)」。第87回アカデミー賞の外国語映画賞のタイ代表にも選ばれた話題作が、邦題「すれ違いのダイアリーズ」として2016年に日本公開されることが決定しました!
舞台は、古都チェンマイから片道6時間かかるという僻地の水上学校。スポーツしか特技のないダメ青年ソーンは彼女に「定職を持て!」と急かされ、教職を得ます。しかし彼が教える学校は、SNSやスマートフォンですぐに人とつながれる現代社会において、携帯電話がつながらない、水道も電気もないという隔絶された場所だったのです。そんな環境の中、次々と起こるトラブル。彼女にも捨てられ、やがてとてつもない孤独感が彼を襲います。
そんな時、偶然見つけた前任者エーンの日記…そこには意地っ張りな性格が災いして、この学校に赴任させられた彼女が同じ境遇の中で書きなぐった多くのトラブル、失恋、葛藤の日々の記録が残され、ソーンは次第にその日記にのめり込んでいきます。いつしかそれは会ったこともない彼女への恋心になっていくのです。
ストーリーに華を添えるのは、ノスタルジックで美しい映像美。ケーンクラチャン国立公園で撮影したリアルなタイの自然と、ロイカトーンの幻想的なチェンマイの街が、プラトニックな二人の心恋を投影し、一瞬同時進行で進んでいるかと見間違うようなカット割も、見ている側のハラハラ・ドキドキ感を煽ります。
ソーン役はタイ好きの皆さんならご存知のタイのスーパースター!ビー The Starことスクリット・ウィセートケーオ。実は映画はこれが初主演作になるそうですが、イメージとは真逆の憎めないダメな青年を驚くほど自然に演じています。そして、ヒロインのエーンは、実力派女優としてベテランの域にありながら、圧倒的な美しさを持つプローイことチャーマーン・ブンヤサック。
監督は2003年タイで興行収入1位というヒットを飛ばし、日本でも公開された「フェーンチャン ~ぼくの恋人」を手掛けたニティワット・タラートーン監督。他にも数々の名作を手掛け、今やタイ映画をけん引していると言っても過言ではない監督です。
タイランドハイパーリンクスは2015年9月21日「第8回したまちコメディ映画祭 in 台東」にニティワット・タラートーン監督がやってくると聞き、独占インタビューを決行!
これだけの大物監督さんとなると、とっつきにくいのかな?と思いきや「日本にはもう10回遊びに来ています!」という大の親日家。素晴らしい笑顔で和ませてくれるナイスガイでした!
― もう10回以上日本にいらしていると聞きました。日本のどんなところが好きですか?
日本は大好きです!僕にとって全てに感動できる国です。
子供の頃から日本の映画や漫画で育ってきたので、文化的にはほぼ一緒の感覚…何の違和感もありませんでした。自分が大人になった時にあの素晴らしい文化を実際に自分の目で確かめたくなって日本に行くようになりました。何よりも日本の人々は良い人ばかりで…。
― わあ、ありがとうございます!
…(笑)。そして食べ物がすごくおいしい!
― なるほど(笑)。
(笑)オイシイ(日本語)。そして、以前「フェーンチャン」を日本で公開した時、日本の観客の皆さんの反応が素晴らしくて、とても感動しました。
― 先ほど日本の映画で育った、というお話がありましたが、日本の映画で一番感銘を受けた作品は何ですか?
最近の映画では「オールウェイズ3丁目の夕日」です。
― ああ!今回映画を見させていただいたのですが、通じるものを感じます。ノスタルジックで人情があふれているところや、映像の感じが。
ありがとうございます。
― 監督のお気に入りの日本の場所はどこですか?
今まで日本のいろんな県に行っています。だからその時によって過ごし方も違いまね。東京で過ごすときにはショッピングが多いです。そうそう。タイ人は日本の食が大好きなので日本に来たことのあるタイ人のネットワークがすごいですよ。もうお薦めのルートが完璧に出来上がっているくらいです。
― それはすごい。
「美味しい焼肉ならあそこだ!」「タイ料理はあそこが美味しい!」って感じですね。そこで知ったお店に片端から行っていたら、もう5日間ぐらい過ぎていた(笑)!なんてこともありますね。
― 食いしん坊ですね(笑)。
時間のある時は、郊外に行って自然を感じたり、展示会に行ったりします。映画祭で来る時はプライベートの時間が少ないので、探せるところで美味しいものを食べます(笑)。毎回タイ人の日本の美味しい店リストはどんどん増えるので、チェックリストを作ってまわります(笑)。
― 今回は「コメディ映画祭」だったので、もっとドタバタした作品だと思っていましたが、コメディには感じませんでしたよ。しみじみとする場面が多く、景色がきれいで思わずほろりと泣いてしまうようなシーンもありました。 主人公の2人が「これでもか?」と困るようなエピソードが最初から続くわけですが、一つ一つ強烈でしたよ!
「人は遠くの場所に行ったら困難を感じる」というのが僕の考えですが、そこで大きな障害が起こって乗り越えた時に新しい決心が生まれるものです。2人とも水上学校には自分から行きたくなかった。最初は乗り気じゃなかった。でもそんな辛い場所で困難を乗り越えた時に、この不便な学校の子供たちに何をしてあげられるのか?と真剣に考えるようになるのですね。そういう心境に達するにはどうしようかな?と思いながら作りました。でもエピソードにあった、目の前の湖に死体が浮かんできた、学校に蛇が出た、嵐が来て大変なことになったというのは、映画のモデルになった水上学校の先生が、実際に遭遇した話です。全部を考えたわけではないですね。
― それは強烈な実話ですね。
モデルになった先生は、生き方そのものがソーンと同じわけではないですが、先生にインタビューさせてもらった時は、僕も本当に驚いてしまって。
― タイでは普通に湖に死体が浮かんでくることがあるんですか?
モデルになった学校はダム湖の中にあったので、誤ってダムから落ちてしまった人が、洪水で学校の前に浮かんできてしまったようですね。でも子供たちは死体を見てすごく恐がって、学校に行きたくなくなったそうです。
― タイも日本もそうですがスマホやSNSで人同士が簡単につながれるようになりましたよね。映画の中では日記や手紙といった、人が実際に手でしたためるものが重要なファクターになっていましたね。
僕も昔はこんなことが面白かった、とよく手帳に書き留めて映画のアイディアにしました。それが懐かしく思えましたね。現代社会のどこにいてもつながれる事に対して真反対の状況は、この映画の重要なコンセプトです。
おっしゃる通り、今の時代は簡単に人とつながれます。この映画の元題は「キットゥンウィッタヤー(学校が恋しい、懐かしいという意味)」なんですが、「懐かしむ」という言葉が現在では失われつつあります。すぐつながれるから懐かしい、と思えなくなった時代に、もう一度「キットゥン」の意味を考えさせる映画が作りたかったんです。
まずは、電波が急に通じなくなった時、人が恋しい・懐かしい状態になる。そして学校の子供たちを見て、子供の頃を思い出し「あの頃遊んでいた人はみんなどうしているかな?」と懐かしくなる。そして、普通は恋に落ちるとき、会って、実際相手の顔を見て、考え方や性格や嗜好は後で知っていき、だめになることも多いです。でも、逆に考え方を知るところから始まったら、お互いに顔を見たことのない人を好きになれるのか?ということを表現したくて、日記を重要なアイテムにしましたね。
― 確かにソーン先生とエーン先生がネットでつながっちゃったら顔すぐわかりますからね。メッセージも送れるし。なかなか会えない状況が、思いを募らせるのでしょうね。
― 撮影は実際に水上学校のあった場所ではなく、ケーンクラチャン国立公園で撮影したと聞きましたが、その理由は?
イメージしていた映画のシーンにマッチした、非常に美しい場所であったことが一番の理由です。それに、僻地でありながら、バンコクから2時間くらいの場所なので、撮影に便利でした。
でも実際に行ってみたら、電波も通じない、水道も電気も通ってなくて(笑)。
― えー?映画と同じですね。
夜になると周囲は真っ暗になってしまって、僕もスタッフも実際にソーン先生と同じ生活を送ることになりました(笑)。
まわりには一軒も家がない場所で「本当にこんなところまで来てしまった」とひしひしと感じましたね。でも観客の人にもその切迫した思いが共感できる環境の方が良いと思っていたので、結果的には良かったです。
田舎の更に奥、何にもない場所ってどんな場所なのか、そこで過ごすことがどんな事なのか、わかってもらえる映像になったと思います。
― でも撮影は大変でしたでしょ?食事はどうしていましたか?
セットの水上学校に小さなキッチン用の船を浮かべてそこで煮炊きをしました(笑)。夜ホテルに帰る時は、キッチン用の船を引っ張って帰って、片道30分かけて帰りましたね。朝はまた引っ張って現場に行きました。
― スタッフ陣も気持ちはすっかりソーン先生とエーン先生になっていましたね。
そうそう(笑)!
― タイのスーパースター、ビーさんが、とても素朴で情けない先生を演じると聞いて、時々タイに行くとポスターやテレビで見かけるイメージとあまりにも違う印象がありました。いつもばりっと決めているじゃないですか(笑)? 実際映画を見たら、本当に情けなくて天真爛漫で、ダメな青年を自然に演じていましたが、演技指導で特に心がけたことはありましたか?
確かに(笑)。ビーはタイのスーパースターですが、彼はもともと、地方出身の素朴な青年ですよ。「The Star(タイの国民的人気番組)」のオーディションでどんどんステップを突破していって、今やスーパースターのビーThe Star。すっかり社会的に見る目が変わってしまったようです。作り上げられたイメージもありますしね。
実際にしゃべってみるとやる気と熱意がある上に、非常に素朴な人で、スーパースターっていう感じは全然しませんね。
― 意外(笑)!そうなんですか!?
ホントに!世間が思っているようなイメージやテレビやポスターと全然違います。逆に今回演じたソーン先生に近い人ですね。指導しなくても、自然にあの役になりきれていました。
― エーン役のプローイさんも、若いながら大女優としてのキャリアがある方ですね。こちらもいつもの「大女優」という感じではなく、田舎の教師のナチュラルさが、逆に美しさを際立たせていたように思います。
ああ、それはね、僕がそうしろと指示しました(笑)。
― (笑)…。あ、彼女にはそんな事情があったんですね。
女優だから、メイクをばっちり決めてメディアに出てくるのは当然ですが、主役のエーンさんは普通の先生です。「普通の先生が女優のようなメイクをしたらダメ!化粧を全くしないか、したとしてもすごく薄いメイクにしてね。」ってね。
実際やってみたら、非常に美しくて、ナチュラルに見えました。周りの人からもすごく褒められていましたよ。
― 「フェーンチャン」もそうでしたが、監督は子役をものすごく自然に、そして本来の子供らしさを引き出して撮る人だなと感じています。今回の子供たちも素晴らしかったです。2人の恋、以外のもう一つの見どころが子供たちの自然な演技だったと思いますが、どのように選びましたか?
かなりたくさんの子供たちのオーディションをしました。数百人に会いましたよ。
モデル事務所の子もいましたが、キャスティングチームが別にいて子供たちを集めてきたのです。実際、キャスティングには3か月かかりました。
― 「演技」とは思えない普通の学生生活を映しているようでした。子役を自然に演技させる秘訣があるんでしょうか?
僕は役に合わせた子供を選びません。そうですね…最終的に残った10人くらいを部屋に集めて、一緒に遊ばせてみました。10人の子供の本当のキャラクターを知りたい。子供の自然な性格を知って、性格に合わせた役を作りました。
― なるほど、だから演技が自然に見えたんですね。
― 「すれ違いのダイアリーズ」が来年、日本で公開されますが、日本の皆さんに監督からメッセージをお願いします。
沢山の人に見に来てほしい(笑) !この映画は自分としても多くの人に伝えたい素晴らしいストーリーなので、皆さんに感動してほしいですね。
― そうですね!
日本のお客さんからどんなフィードバックが来るか楽しみです。東京国際映画祭の時にも、反響が非常に良かったのですが、今回も皆さんの反応が気になりますね。
それからタイ映画自体を、もっと日本の皆さんに見てほしいですね!
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便利すぎる現代社会に疑問を投げかけつつ、タイの大自然の中で進んでいく、同じ状況に置かれた2人の恋。
ほんの十数年前は、まだ大都会のバンコクでさえ、BTSも通っていない、携帯電話もあまり普及していなかった…現在のタイではなく、あの頃のタイにもう一度会いに行きたくなるような不思議な感覚になるのは、私だけではないはず。きっとあなたもまたタイに帰りたくなる。タイ好きの方全てに見ていただきたい名作です!
[インタビュー&text 吉田彩緒莉]
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